雨と、化かされ現象と
先日、身内に不幸がありました。
打ち合わせの日も、葬儀の日も、どちらもまとまった雨に当たりました。
前者は4ヶ月近くぶり、後者はそこから1週間ぶりの雨。そんなピンポイントに当たる??
そして葬儀は会場に永遠にたどり着けない「化かされ現象」にもハマって。
事情を話したら、その場にいた7人中3人が「あー、あるある」とすんなり受け入れるどころか、経験済みだと言う。さすがは血筋。
——「お前は来るな」っていうサインだったのかな、とも思いましたが。
肉体が脱がれたとき、何が残るのか
人が亡くなった時、その人らしさが表れることはよくありますが、私たちが日常で目にしている「人」は、魂そのものではありません。
育ってきた環境、積み重ねてきた経験、傷、恐れ…そういったものが幾重にも重なって、私たちが「その人らしさ」と呼ぶものを形作っています。
そして死が訪れたとき、魂はすぐに離れていきます。残るのは肉体と、スピリットのエネルギーだけ。
スピリットにアクセスしてみたら
私は身内のスピリットにアクセスしようとしましたが、まったく繋がれませんでした。 でも、お迎えに来ているスピリットのエネルギーは、亡くなったと連絡のあった日からはっきりと感じていました。誰だかも、明確に。
肉体はなくなっても、旅は続くのです。
生きている私たちにも、移行のステージがある

あちら側に移行のプロセスがあるように、生きている私たちにも、意識の移行ステージがあります。
第1ステージ「自己覚知」、第2ステージ「覚醒」、第3ステージ「光明」、第4ステージ「解放」
解放に至ると、輪廻転生のサイクルが終わります。
このステージアップの条件は、何か大きなことをして有名になることでも、たくさん稼ぐことでもありません。 大事なことは、自分は何者なのかを知ること。そのために不要な思い(エネルギー)を手放すこと。
肉体の死と、日常の死
肉体がある今と、死を迎えてから生まれ変わるまでの大きな違いは、肉体があるかどうかだけです。
意識の旅は、ずっと続いています。
死は、終わりではありません。
ひとつ、こんなふうに考えてみてください。
今夜、眠ることが死だとしたら—— 明日の朝、あなたはまた生まれ変わって、新しい人生が始まります。
私たちは毎日、生まれ変わっているのです。
肉体の死は、この自分とのお別れ。
日常の死は、眠りであり、手放しであり、昨日の自分との別れ。
だとしたら、今日という一日をどう生きるか。 何を手放して、何を大切にする?
その選択のひとつひとつが、あなたの意識の旅を、確かに動かしていくのです。
